「立ち去ろうとする少年へ」より



転居通知

転居しました
大和市上和田
NHKの受信料が半額だと言われ厚木基地があるのを知りました
後の半分は防衛庁が負担するのです
いっそ もうちょっと近いと防音工事も防衛庁が負担してくれます
マスコミも税金の無駄遣いだとはいいません
しかし さすがに核シェルターは作ってくれません


通勤の途中 軍艦道路に出ます
野っ原を真っ直ぐに走る道路で 片側は上瀬谷通信基地
核爆発時の電磁パルス対策の施設まで備え
核攻撃を受けた後も 守るべき国が滅んでも なお
敵に 人類に 核攻撃を続けようと言う執念は誰のものか

横須賀に核空母が入港すると爆音が響くのです
都心 新宿まで小田急線で一時間弱
すぐ 近くです 一度 お出でください

ここには 間違いなく戦争があります
できれば 定例デモの日曜日にお出でください
一緒に歩いてみませんか
安保条約を廃棄しよう!
核兵器の完全全面禁止を実現しよう と。



報告

約束は飯田橋ルノアール
一九八七年二月八日 午後三時

神奈川の田舎から 電車のなかで一眠りして 一時間の遅刻で駆けつければ
ルノアールの自動扉の前でいくら飛び跳ねても扉は開かず 手で開けようとしても開かず
途方に暮れた末 やっと見つけた走り書き
「白百合で待つ 上原」

このようにしてルノアールは名誉あるぼくらのサークルの発足会議の会場を白百合に譲ったのだった

「十年たったら」と書いた詩人がいたが
十数年たっても ぼくらはまるで変らずに
飯田橋の桜の下のコンパとか 湯豆腐とおしんこと酒しかでない飲み屋とかで語っていた
昔の野望をそのまま語り(愛した女とは十年も続かなかった男が二人もいるというのに 十数年間失わなかったのは野望だけだったか)昔とすこしだけ変ったのは 一応サークルを名乗り何かを始めようと決めたことだった

一九七二年 沖縄返還闘争の前後
法政大学第二文学部日本文学科で 文学のほかいろいろと青春を共有した者たちの
同窓会的文学サークルか 文学サークル的同窓会か よくわからないが
ともかく ぼくらのサークルは 生まれた

ぼくらのサークルは まだ名もないが
ぼくらにはまだ]「十年たったら」と 言えるだけの若さが残っている


人込みにまぎれて

人込みにまぎれて
ぼくは歩いている

どこへ行くのかしらない
しらないことに不安はあるが
とりあえず 人の流れるままに
ぼくは歩いている


過去

おんなはぼくの過去を責める
ぼくは ぼくの過去をつくる変えることはできないので
おんなの責める言葉を
耐えて聞いている


保育参観日


見通しのよい保育室のガラス戸に
月曜日に ぞうさんの絵が貼られたと思ったら
火曜日には おさるさん
水曜日には きりんさん
木曜日には コアラさん
金曜日には パンダの絵が貼られた

「普段のありのままの保育を見ていただきたいので、お母さん、お父さんは気づかれないように静かに参観してください。」

保育参観の土曜日
ぼくらは動物たちの絵のすきまから自分の子どもの普段のありのままの姿を盗みみた。

いつもより暗い部屋で
保母は
いつもよりやさしく 子どもの声をかけ
いつものジャージではなく 花がらの服を着ていた。




信頼


由起が歩いてきて倒れこむ

歩き出したばかりの由起が
もっと歩けるのに
目当てのところまで来るとわざと倒れこむ

それを ぼくは抱きとめる

抱きとめてもらうのが嬉しいのだ
何度も繰り返す

ぼくが手をはずすなどとは決して考えない
倒れこみさえすれば 必ず ぼくの手が由起を抱えると信じている

ぼくは由起の信頼に応えようと
読みかけの新聞を閉じて 由起を抱きとめる

由起の飽きるまでの たわいない時間が過ぎ
ぼくは また 新聞を読み始める。


ユキの冒険


象さんの背中の階段を登って
象さんの鼻のすべり台をすべりおちる

てすりにつかまって階段を登る

象さんの頭の上ですべりだそうと自らを押し出す
すべりおちる

ひとつの事を成し遂げて また冒険への階段を登ろうとする

ユキは 何度も繰り返す

いつもの決った散歩コース
公園の遊具のある一画
生れて一年と九月でユキの冒険はここまで来た

冷たい風と温かな日差しが気持ちよい冬の午後

ぼくはユキにつきあって
のんびりと時を過ごす

ぼくは冒険をどこかに置き忘れて来たのだろうか
それとも
冒険に出かける準備のために 今 時を過ごしているのだろうか

そもそも ぼくの冒険とは何か

ぼくが守らねばならぬユキが
今また新しい冒険にと向う


街は危険にあふれている


若い女よ
はずむ体を押しつけるな
通勤電車の中の女よ
ぼくは つい
女のもっとも弾力のあるところをなでてみたくなる

ウインドウの上に箱ごとに積みげられた真珠のネックレスよ
あまりに無雑作に放り出しておくな
ぼくは つい
プレゼントに持ち帰りたくなる

横断歩道を歩く人よ
ゆっくりと車の前をよこぎるな
ぼくは つい
アクセルを踏込みたくなる

すれちがう少年よ
若さに満ち足りた顔をするな
ぼくは つい
ナイフを握りしめたくなる


街は危険にあふれている
危険から逃れるのは ただ 意志の力だ

ぼくの意志よ
いつまでも
ぼくの平穏を支え続けよ



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