虚無僧討ち      蒲原直樹

 天保年間、北総のとある小さな村。寄り合い所で若い村人たちが鳩首会議中である。
安吉 「どうしたらええもんか」
九作 「ほんに、困ったもんだっぺ」
清六 「取手の托鉢取締役はとっくに逃げ出して、影もねえ。小金邑の一月寺に知らせたら、『    不逞の者ども、仕置き勝手なり』の書き付け一枚よこしただけだ。なんの役にも立     ちぁしねえ」
喜平 「役人も怖くて手出し出来ねえ有様だ。こうなったら、おら達だけで白黒つけるしか手は    あんめえ」
安吉 「だども、相手は侍だ。うまく行くべか?」
喜平 「そこだ。ここはどうしても庄屋さんとこの次男坊に出張ってもらわにゃならん」
安吉 「松戸の浅利道場に通っている剛どんか。あの仁なら頼りになりそうだべな」
清六 「次男坊、引き受けるぺか?」
喜平 「呼んであるだ」
  表で「ごめんなせい」という声。若い、身なりのいい青年が入ってくる。
剛   「遅くなりまして、すまんこってす」
喜平  「坊ちゃん、この時間まで剣術の稽古ですか。熱心なこって」
剛   「いえ、そういうわけでは……」
喜平  「坊ちゃんの、その腕を借りねばなんねえ事が起きましてな」
安吉  「そうそう、もう庄屋さんもご存じのこったろうが」
剛   「虚無僧たちの事ですね」
喜平 「そうです。蛇沼の荒れ寺に住み着いて、近郷近在を荒らし回っている流れの『ねだり虚    無僧』の二人です」
清六 「これが妙に腕が立つんで、役人も取締役も手が出せねえんで。このまんまじゃ、村の     蔵米まで空にされちまうだで、その前に手を打つべえと相談ぶってるところで」
剛  「手を打つと言われると、我々の手で二人を始末するということだっぺか?」
  一同沈黙し、無言の肯定。
剛  「しかし、犠牲者も出ますぞ」
喜平 「そこを、坊ちゃんの差配で、案配よく済ませたいのでさ」
  青年は腕組みして考え込む。暗転。

 翌日の朝、村はずれの森。中に沼があり、今にも崩れ落ちそうな小さなお堂がある。尺八が聞こえる。青年、畑の方から歩いてくる。
剛   「ごめんくださいまし」
陽道 「どなたかな?」
剛   「この村の庄屋の息子です。ちょいと話を伺えましょうか」
 堂の扉が開き、片手に尺八を持った総髪の男が出てきた。
陽道 「ほほう、お主、なかなかの面構えじゃのう。この村で会った他の連中に比べるとずっと    骨がありそうじゃわい。それで、話というのは?」
剛  「村はお坊さまがたのおかげで困窮しております。毎度の喜捨で村の種もみまで無くなる    始末。このままでは春の苗代すら作れません。もうこれ以上のお布施はご勘弁なさって    、次の村へお移りいただけませんか」
陽舜 「そういうわけにはまいらぬ」
 堂の奥から二人目の男が出てきた。こちらは禿頭の大男だった。
陽舜 「我らは甲斐の国は諏訪大社の主神、一言主の神のお告げにより、大社の普請のため    勧進に参った者である。その割り当てが済まぬうちはこの地を去るわけにはいかぬ」
剛  「禅師さまがたが諏訪大社の勧進ですか?それは奇怪至極。いささか道理の通らぬ話     でございますな」
陽道 「問答無用、話がそれだけならとっとと帰るがよい」
 青年はきびすを返し、雑草を踏み分けて帰っていった。
陽道 「はっきり言う若造だ。あいつを相手にすると少々やっかいな事になるかもしれんぞ」
陽舜 「なあに、あいつ一人ならたいしたことは出来まい。それより庄屋は仮病を使って我らを    煙に巻いておる。けしからん家だから、ひとつ今度は裏口から押し込んで金目のものを    かっさらって来るとしよう」
 二人は声を上げて笑う。暗転。

 夕暮れ、庄屋宅。夕餉の膳が並んでいる。庄屋の半蔵は床にふせっている。
半蔵 「剛」
剛  「はい」
半蔵 「若者組となんごとか話しとったべ」
剛   「はい、秋の祭りの相談事を少々」
半蔵 「うそをつけ、そんなことではねえ、虚無僧どものことだべ」
剛   「……」
半蔵 「余計な企みはやめるだ。おめえに剣術を習わせてるのはそんな事に使うためではね     え。万一、この家の存亡の折りに備えるためだ。それが逆にお上に咎められるようにな    っては話にならねえ」
剛   「心配することはねえだ。おらは連中とは違う」
半蔵  「それならいい。いずれ奉行所が始末することだ、それまでじっと我慢しろ。くれぐれも      はやまった事をしてはなんねえぞ」
剛   「わかっております」
 暗転。

 翌日、昼。庄屋宅。二人の虚無僧が押し掛ける。
陽道 「毎度毎度、仮病を使って我らを門前払いとは片腹痛い。今日こそは主の顔を拝ませて    もらうぞ」
陽舜 「この村で喜捨をしていないのはこの家だけじゃ。庄屋ともあろうものが、姑息なまね      はやめよ。おとなしく有り金を奉献せい」
半蔵  「ご無体な、乱暴はおやめくだされ」
陽道  「おまえが庄屋の半蔵か。もっともらしく寝たふりをしおって、不届き千万。こうしてやる     」
 陽道、半蔵を足蹴にする。陽舜は戸棚や押入を家捜しする。
陽舜  「おお、あったぞ、銭箱じゃ。ちい、庄屋のくせに小判の一枚も持っておらん。二朱金が     一枚に一分銀か。他に金子の隠し場所はないか」
陽道  「ここに掛け軸骨董があるぞ。まとめて奉献させよう」
 虚無僧たち、さんざん家を荒らして退出。かわって剛が入ってくる。
剛   「父上、これはどうしたこと、しっかりするだ」
下人  「虚無僧が押し掛けてきて、暴れていっただ。わしも殴られて、旦那さんも乱暴された      みたいだっぺ」
剛   「医者を呼ぶだ、兄上にも報らせを」
 下人走り去る。剛、唇をかみしめる。暗転。

 再び村の寄り合い所。剛と若者組とが集まっている。
剛   「皆の衆、わしの決心は固まった。父に停められて黙っていたが、その父が虚無僧たち    に乱暴されて病が重くなった。もはや停める者はいねえだ」
喜平  「では、いよいよやりますか。手はずは?」
剛   「二人いっしょでは難しい。口実を設けて一人ずつ呼び出す。そうして竹槍の槍襖で突    き殺す。他に山刀や鎌を用意しよう。わしは家伝の太刀を持つ。人数もこれだけでは足    りん、大人組からも10人ほど出してもらおう」
安吉 「よかんべ。おらが頼んでみる」
九作 「呼び出し役は清六がよかっぺ、おめえは尺八の心得があるからな」
清六 「吹き方を教えろと頼むか」
喜平 「よし、ではさっそく青竹の切り出しにかかるか。それから戦いの訓練もするべえ」
剛   「皆の衆、話は外に漏らすでねえ。事の始末が付くまで、ぬかるな」
一同 「おう」
 暗転。

 翌日の日暮れ、蛇沼の荒れ寺。清六がやってくる。
清六  「もし、普化禅師さま」
陽道  「どなたかな」
清六  「村の者でごぜえます。ここに尺八を持参してまいりましたが、今夜好き者同士で歌の     会がございます。なにとぞ、禅師さまにも一節お聞かせ願いてえと思いまして。ついで     に尺八のご指導でもしてもらうべえと」
陽道  「そうか。そのような話なら乗らぬ手はないな。酒も出るのだろう」
清六  「どぶろくでお口にあうべか、わかんねども、用意しておりますだ」
陽道  「よし、暫時待て。すぐ用意するほどに」
陽舜  「そういう事ならわしも行こう」
清六  「お二人はちっと……用意がございませんので」
陽舜  「だめと申すか?」
陽道  「悪いな、陽舜。わしだけ馳走に預かってくるわい」
陽舜  「ちょっと待て陽道、この話、ちょっと匂うぞ。二人で行くほうがよい」
清六  「お二人分の肴は用意できませんが」
陽舜  「かまわぬ。その時は二人で分けるまでだ」
 あわてる清六。二人の虚無僧は用意して悠々と歩き出した。

 こちらは神社の境内に集まった百姓衆。伝令が飛んでくる。
伝令 「清六が誘い出しにしくじり、虚無僧、二人してやってきます」
喜平 「ちいっ、二人か、まずいべさ。坊ちゃん、どうすべえ?」
剛  「打ち合わせどおりにやる。大坊主はわしが相手するだ。片方を喜平の隊が取り囲め」
 神社に三人が入ってくる。篝火がたかれる。虚無僧達、ぎょっとして立ち止まる。
剛   「ねだり虚無僧の偽禅師ども、今宵が年貢の納め時だ」
陽舜 「誰かと思えば庄屋のせがれか。物騒な格好してなんの真似だ。仏法に仕える我らを害    しようとしての待ち伏せか。天を恐れぬ愚物どもだ」
剛   「その言葉、そっくり返してやるべ。ここは我が村の守り神の森、偽仏法は通用しねえ     だ」
 剛は腰の大刀をするりと抜いた。虚無僧たちも天蓋を脱ぎ、右手に尺八、左手に道中差しを構えた。
剛  「かかれ!」
 怒号とともに四方から竹槍を構えた村人たちが押し寄せた。二人の虚無僧は巧みに槍先をすり抜け、村人を尺八で叩きつけた。たちまち数人が血反吐を吐いて倒れた。
剛   「大坊主、わしが相手だ!」
陽舜  「こしゃくな小僧、真庭念流免許皆伝の腕をあなどったか」
 剛が激しく打ち込む太刀先を道中差しではじき返し、陽舜は尺八を振るった。剛は返す刀で尺八を根本から切り落とした。
陽舜 「その太刀筋は中西派一刀流、浅利又七郎の教え子か。百姓にしておくには惜しい腕     だ」
剛  「お褒めに与って光栄とはいえ、そろそろ引導を受けてもらうべえ」
 剛は八双の構えから陽舜の肩先めがけて太刀を打ち下ろす。陽舜は押されて下がる背中を、後ろから竹槍に貫かれた。同時に肩から胸にかけて深く切り裂かれ、一瞬で絶命した。剛は返り血を浴びながら大きく息を吐いた。

 (ナレーション)一方、竹槍を払いながら神社の外へ逃げようとした陽道は、抜け道のあちこちに掘られた落とし穴の一つに落ち、上から何本もの竹槍で突かれて血だるまになって死んだ。若者組に二人の重傷者が出たが、命に別状はなかった。村人たちはこぞってこの快挙に祝杯をあげた。
 村人は二人の虚無僧の遺体を河原で焼き、骨をとある寺に納めて小さな無縁仏とした。二人が殺された神社の境内には、小さな碑が立てられた。


追い風 第5号へ
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